激しい風の中で男はただひたすらに歩きつづけていた。心の中は怒りに燃えていた。持ち上げるだけ持ち上げ、利用するだけ利用して、都合が悪くなると潮が引くように周りからいなくなり、手の平を返したように冷たいあしらいをするようになった者たちに。
裏切られた、ということに気がつかなかった自分も悪いのだ、と思う。ただ純粋に、彼らの言葉を信じてしまった。心の底から話せば理解しあえると、自分は思い込んでいた。誰もがそう思っているわけではないのだということに気がつかなかったのだ。
「ラン!」不意に男は声を上げた。あの記憶。あの暖炉のある家の記憶。その家で男はランに、その家の女主人であり二人の子どもを持つ寡婦であり、てきぱきと家事をこなし召使たちにきびきびと指示を下すランに、心づくしの饗応を受けた。家庭の暖かみを知らない男は、そこに大きな安らぎを覚えていた。いつしか男とランは深い中になった。しかし、ある日突然、ランとその一家は忽然と姿を消したのだ。ラン!お前も私を裏切ったのか。そうでなければ何故。