春人は亜美と碁を打っていた。亜美は有段者で素人としてはかなりの腕前なのだが、春人はほとんど碁を知らない。子どもの頃、父と打ったことがあるくらいだ。白黒交互に打つ、陣地を囲って広い方が勝ち、二つ目があったら生き、できなければ死にで相手に取られてしまう、などということを子どもの頃からの知識で知っているだけだった。
当然、定石なども全然分らない。亜美が着実に勢力範囲を広げているのに比べ、春人の置く石は支離滅裂だ。それでも亜美に井目(黒石9個)置かせてもらっているので、少しは取れる。
何にもない、だだっ広い空間に、自分の黒の石が9つ、最初から置いてあるというのはそれだけで安心感がある。宇宙に九つの星が浮かんでいるようなものだ。それを頼りに自分の身体を伸ばして行く。場所を囲うというよりも、宇宙に頼りなく浮かんだ自分の生命を何とか生かし、二つの目をもたせて生き残らせ、相手よりもより多くの生命を輝かせる、以後というのはそういうゲームだと思った。