村上隆
Posted at 07/02/08 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
村上隆は、アートの起業化について、日本で誰よりも先鋭な意識を持ち、それを実行した。それはある意味で1920-30年代の藤田嗣治に似ている。
近代の日本のアートシーンでは、ピュアネスの思想が芸術家は清貧であるべきという議論を呼び、商業的に成功したアーティストを蔑む風潮が再生産されていた。村上はそれを真っ向から否定し、世界のアートシーンにおいていかにしたら日本のアートが評価されるかということも含め、戦略的に取り組んでいる。そのため、日本のアートシーンにおいて異端視されているのはいうまでもない。
日本のアートの特徴をフラットであることに求め、浮世絵からアニメにつながる流れこそが日本のアートの本流であるとする考えを村上は持っているように思われる。というか、そうするのが戦略的に正しいと判断しているというべきか。それはアートシーンにおける本流とは対立する考えであり、またサブカルチャーとして隆盛してきたマンガ・アニメの世界においても村上は搾取者ととらえられているようだ。
しかしこのような大胆なアートの位置付けというものは、また世界で戦っていくことの出来る強さを日本のアートシーンに与え、また日本人自身が日本のアートをいかなるものか位置付けなおしていくためにも必要なショック療法、毒薬のようなものではないかと思う。
芸術という観念を消費するだけでなく、芸術における多様な価値観を構築しまた脱構築していく活性化したアートシーンのためにも、ある種の「掻き回し」が必要なのだと思う。
カイカイキキ 村上のアートプロモーション会社。
村上隆 Wikipediaへ