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2012年01月 アーカイブ

2012年01月14日

河童の話

 友達をひとりなくした。いや、本当に友だちだったのかどうかも分からない。
 でも本当は友だちだったのだ、たぶん。ぼくはそうやって、自分をごまかそうとするから。自分をごまかそうとして、友だちだったのに友だちじゃなかったと自分に言い聞かそうとするから。
 でも本当に友だちだったんだろうか。ぼくはあの子にお金を貸してあげて、あの子はぼくにありがとうと言ってくれた。ずっと返してくれなくて、「あの、お金」と言ったら急に、「何お前、返せっていうの?そんなやつ友達じゃない」と言って、口を聞いてくれなくなった。
 そうやってぼくは、友だちをなくしてばかりいる。
 学校の帰り道、一人でとぼとぼと帰る。石ころだらけの舗装されてない道。ダンプが横を通り過ぎる。大きな音。ぼくはとぼとぼと家への道をたどる。帰っても誰もいない。ぼくはランドセルを玄関に投げ入れて、そのまま裏の池に行く。
 池は森の中にある。いつもじめじめ湿っていて、なめくじやみみずがたくさんいる。ぬかるみの中からぼくは意志を一つ掘り起こし、池に向かって投げる。シャッシャッ。水きり三回。小さな池だから、すぐ対岸に届いてしまう。ぼくはもう一つ石を掘り起こす。手は泥だらけだ。今度の石は丸くて、水きり出来なそうだ。ぼくは思い切り池の真ん中に石を投げ入れる。

「いて!」
 何かが反応した。ぼくは驚いた。
「誰かいるの?」
「誰かじゃねえよ全く」
 ぼわああっと水が盛り上がったかと思うと、池の真ん中から巨大な河童が姿を現したのだ。
「河童?」
「おおよ。カッパよ。お前か?石を投げたの」
「うん、ごめん。誰かいるなんて、思わなかったから。」
「まったく近頃の人間は信仰心がねえなあ。この池には何百年も前から俺様が棲みついていて、昔はちゃんと水神様の祠も建ってたのによ。ここ数十年、お供えもないし、いつの間にか悪ガキどもに祠も鳥居も持ってかれちまった。それでも薄気味悪い池だから誰もよりつかなかったのによ。お前こんなところで何してんだ。」
「何って、それは…」
「ははあ、お前、イヤなことがあったな。」
「何でわかるの?」
「おれさまには何でもお見通しさ。あの石は、俺じゃない誰かにぶつけたかったんだろう。」
 ぼくは戸惑った。
「誰かって…」
「どうせ誰かにいやなことされたんだろ?さっさと白状しな。」
「別に」
「別に、だと?お前おれに口答えする気か?」
「く、口答えなんかしてないよ。」
「それを口答えっていうんだよ。まったく近頃のガキは人間の言葉もろくに喋れねえ。河童に意を通じるなんてますます出来っこねえな。ほら、白状しな。」
「何でそんなこと、見ず知らずの河童に言わなきゃなんないんだよ。」
 河童は大笑いした。
「げろげろ。げろげろ。見ず知らずたあ御見それした。そりゃその通りだ。初対面だよなあお前とは。でも俺はお前のことよく知ってるからなあ。初めてなんて気がしなかったのさ。」
「何で?なんでぼくのこと知ってるの?」
「河童は水の神だからさあ。水のあるところならどこにでも現れるのさ。昨日お前、悪ガキにお金を返してっくれって言っただろう。」
「何で知ってるの?」
「そりゃお前、掃除時間にバケツの前で言ったら聞こえるのさ。バケツの中からお前の学校のこと、のぞいていたからな。」
「覗き見してるの?」
「まあな。やめとけやめとけあんなやつ。ろくな人間にならないよ。」
 ぼくはちょっとかっとした。
「やめてよ、悪口言うの。あの子はぼくの友だち、友だち、…」
「友だち、だったっていうのか?」
 ぼくは真っ赤になって頷いた。河童は顎を撫でた。
「お前、友だちってなんだか分かってるのか?」
「と、友だちって、一緒に遊んだりする人のことだよ。」
「お前、あいつと一緒に遊んだことあるのか?」
「う、うん」
「いつもついてくんなって言われてるんだろ?」
「うん…」
「だからお前、あいつに金を貸してくれって言われて嬉しかった。」
「うん…」
「でもあいつは、お前じゃなくて金が必要だっただけだろ。その金で他の悪ガキに買い食いさせてやって、それで仲間を集めてるんだ。お前、また金を巻き上げられるぞ。」
「でも、ぼくは友だちいないから、何にも口を聞いてくれないより、お金を出しても話をしてくれる方がいいんだよ。」
「やめとけやめとけ。金の切れ目が縁の切れ目って言ってな。あいつだって金がなくなりゃ一人ぼっちになっちまう。お前は金で友だちを買ってるつもりかもしれないが、そういうのは本当の友だちじゃないんだぞ。」
「じゃあ本当の友だちって何なんだよ。」
「本当の友だちは、いたいから一緒にいるって関係のやつさ。」
「いたいから…」
「そういうやつ、お前にはいるかい?」
「……」

水に浮くもの

 遠くで小さく、女の子の声が聞こえる。あれはミナだろうか。
「ミナ、そっちへ行っちゃあぶないよ」
「大丈夫だよ、お母さん!
 私は森の中を走っている。踏み慣れない道を、底の平らな靴で走っている。迷路のような森の中に悪夢のように根を張り枝を伸ばした大木がいくつも立ちふさがる。私は大きな根につまづいて転ぶ。
「ミナ、どこにいるの?」
「こっちだよ、お母さん!」
 私はおろおろして、靴を脱ぎ捨て、裸足で落ち葉を踏みしめ、張り出した根をまたぎ、ぽっかり空いた根と幹の間の空洞を潜り抜け、手探りで道を探す。スカートが足に絡みつき、いつの間にかひざが大きく破れている。ストッキングに穴が開き、ひざの内側にはみみずの這ったような傷ができて、血がにじんでいる。
「ミナ、どこにいるの?」
「こっちだよ…」
 急に声が消える。そしてその一瞬あとに、長い恐ろしい悲鳴が聞こえた。
「お母さん!」

 耳元で大きな声がした。私は飛び起きる。
「お母さん、大丈夫?またうなされてたよ」
 あたりを見回す。見なれた寝室。隣で寝ていたみなが心配そうに私の顔をのぞきこんでいる。
「大丈夫よ。また夢を見ちゃった。何度目かしら。」
 ミナは苦笑する。
「もう、お母さんたら、そんなに私が心配なの?」
 ミナが心配?そうよ、もちろん。でも、そうかしら?
「お母さん?」
 ミナが私の顔をのぞきこむ。
「私はそんな危ないことしない。大丈夫よ。」
 頭がくらくらする。ミナの声が、現実の側にあることは、わかる。時計がかちこちと時を刻む音がする。あれはどちら側の音だろうか。
「いま、何時?」
 ミナは枕元の目覚めし時計を手に取る。
「まだ四時半よ。お母さん、汗びっしょりかいてる。パジャマ着替えたら?」
「ごめんね、心配させて。」
 私は朦朧とした心持ちで立ち上がる。
「危ない!」
 私は布団で寝ているのかベッドで寝ているのかもわからなくて、ベッドの上に立ちあがってしまったのでクッションを踏み込み過ぎ、よろけてしまったのだ。ミナが急いで立ち上がって私を支える。でも小学一年生のミナが私を支えきれるはずがない。私たちは二人で倒れこんでしまった。でも本能的に、ベッドの側に倒れたのでクッションの上でバウンドしただけで何事もなかった。頭がくらくらする。ミナが私に抱きついた。
「お母さん…」
 その抱きしめる力の強さに、私は我に返った。
「ごめんね、心配させて。」
 ミナは泣き出しそうな声で言う。
「大丈夫、どこにも行かないわ。」
「夢の中に行ったまま、帰って来ないなんていやだよ。」
 私の胸が大きく脈を打った。大丈夫だろうか。私は本当に、夢の中から帰って来られるのだろうか。
「大丈夫よ、大丈夫…お母さんはミナを置いてどこかに行ったり、しない。」
 半分、自分に言い聞かせるようにミナに応える。
「本当?」
「本当よ」
 私の腕の中に、私の大事なものがある。私のいのちと同じくらい大事なもの。でもその同じくらいの大事さが不安だ。私の命は、ときどき羽が生えたように軽くなる。この子の命がそうなってしまったらどうしよう。そんなことはない。私はミナのおでこにキスをした。ミナはみるみる笑顔になった。
「いつものお母さんだ。いつものお母さんに戻った」
 そうだろうか。ううん、そうだ。私は、いつもの私の戻ったんだ。キスの魔法。あの人とのキスもそうだった。…私は何を考えているんだろう。私には、私の壊れやすい宝石がある。
 ミナはおでこのキスの感触を楽しむように笑って、私の身体から身体を離した。ミナのパジャマもぐっしょりと濡れている。
「ごめんね、お母さんの汗でミナも濡れちゃった。暖かいのに着替えようね。」
「うん」
 私は髪をかき上げて、両手で顔を覆った。

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